みなさん、こんにちは。大伸マグロ屋の健一朗です。
今日は少し、うちのお店と柳橋市場の歴史についてお話しさせてください。
リアカーから始まった、うちのルーツ
今の大伸がある場所に来る前、僕のおじいちゃん・おばあちゃんはリアカーを引いてシジミやアサリを売っていました。魚屋というより、貝売りのおじさんおばあさんですね(笑)。
その後、自宅でタコやイカを仕入れて加工・販売する仕事に変わっていきました。今とは全然ちがう商売でしたが、「食べ物でお客さんを喜ばせたい」という気持ちは変わらなかったんだと思います。
1969年、マルナカ開場とともにマグロ屋へ
転機は1969年(昭和44年)。柳橋の市場に「マルナカ」が開場したときです。このタイミングで、うちは正式にマグロ専門店として出店しました。これが「大伸」の始まりです。
当時は景気も良くて、市場全体がものすごく活気にあふれていました。マグロ専門店だけで市場内に80軒あったと聞いています。80軒ですよ、80軒!今じゃ考えられない数ですよね。
その後、北部市場に新しい市場ができたタイミングで、そちらにもマグロ屋「大伸」を出店しました。柳橋と北部市場、2か所でマグロを届けていた時期もありました。今は柳橋の大伸一本に絞って、毎朝ここでマグロと向き合っています。
時代とともに変わった市場の姿
最盛期の柳橋市場には、400店舗以上が軒を連ねていました。プロの料理人から一般のお客さんまで、毎朝たくさんの人でにぎわっていたそうです。
それが今では120〜200店舗ほどに。スーパーの台頭や食生活の変化、後継者問題…さまざまな理由があると思います。マグロ専門店も、80軒から今はわずか4軒になってしまいました。



僕が大伸に入るまで
僕自身は、18歳のときに日比野という場所に修行に出ました。4年間、魚の見方や扱い方をゼロから叩き込んでもらいました。そして23歳のときに大伸に戻り、それからもう30年が経ちます。
気づいたら、ずっとマグロの横にいる人生でした(笑)。
変わっても、変わらないもの
店の数は減っても、市場の朝の空気は変わりません。仕入れの熱気、魚の香り、職人たちのやりとり。ここに来ると、おじいちゃんたちも同じ空気を吸ってたんだなって感じます。
大伸は今も、その流れの中で毎朝マグロと向き合っています。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
もっと多くの人に、柳橋市場へ来てほしい


「市場って楽しい!」そう言ってくれる子供たちや、毎朝仕入れに来てくれるお客さんたちの顔を見るたびに、この仕事をやってて良かったなぁと思います。
市場の店の数は減っても、来てくれるお客さんたちの笑顔はちっとも変わりません。子供たちが目を輝かせて魚を見てくれたり、「また来たよ!」と声をかけてくれたり。そういう瞬間が、僕らの活力になっています。
柳橋市場には、スーパーでは絶対に味わえない空気があります。職人の目利き、産地直送の鮮度、そしてちょっとした世間話。来れば必ず「来て良かった」と思ってもらえる場所だと、僕は信じています。
昔の活気を取り戻すために、まずはもっと多くの人に市場の良さを知ってもらいたい。一人でも多くの人が足を運んでくれれば、市場はきっとまた元気になります。
名古屋に来たら、ぜひ一度、柳橋市場へ。早起きしてでも来る価値、ありますよ!


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